潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS リスボンにTuk-Tuk。様変わりした街風景、一断面。

<<   作成日時 : 2016/05/21 17:58   >>

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昨日朝、牡丹群の先陣を切って、品種「玉簾」が開花した。


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今年も、純白のこの花が開花第一号。深紅の「花大臣」や淡紅の「曙錦」はまだ蕾だ。

「坐れば。。。」に先立つこと1週間あまり。
「立てば。。。」の花、や皐月はもう開花も終盤、そろそろ散り始めている。


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かわって、牡丹と競うようにクレマチスとニワフジが花、盛期を迎えた。

以上。5月の庭の花、前回に続く第2弾。。。の「覚え書」。



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↑ テージョ川をさかのぼる船から眺めたリスボン、ベレン地区、発見のモニュメントの、大航海時代のカラベル船のへさき、先頭に立つエンリケ航海王子を筆頭に、ポルトガル船大航海時代を主導した、日本でもおなじみのヴァスコ・ダ・ガマやフランシスコ・ザビエルらの群像。


一方、旅の記録。
今回も、昨年晩秋の客船「クイーン・ヴィクトリア」によるカナリア諸島&マデイラ島へのクルーズ旅の「覚え書」。


11月19日朝。
クイーン・ヴィクトリアは今航海最初の寄港地、テージョ川右岸、リスボンに3つあるクルーズ船ポート、細かく区分すれば5つに分かれる埠頭のうち最奥部のサンタ・アポローニア埠頭に着岸した。

前回、オーバーナイトでこの港に帰港した2011年5月以来、4年半ぶりのリスボンであった。


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で。

この日、ちょっと所用があったもので船が着岸するのももどかしく、ほぼ真っ先に下船して埠頭目の前のサンタ・アポローニア駅から地下鉄で旧市街のロシオ広場へ。地上への階段を上り、隣接するフィゲイラ広場へ入ったら、「お!」とびっくりするような光景に遭遇した。

そはなにか?


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広場中央に建つポルトガル王国、アヴィス王朝の創始者、ドン・ジョアン1世の騎馬像の下に、なんと。
ご存じ、バンコクをはじめマニラなど東南アジア各地で見慣れた、あのトゥク・トゥク(Tuk Tuk)が列をなして並んでいたのだ。


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聞くと、3ホイール観光タクシーで、希望の観光地まで運んでくれるうえ、独自のルートを設定して時間制貸切運行もしてくれるのだという。


リスボンはヨーロッパの主要な街の中では、イメージは今一つやぼったく、その野暮ったさがまた、個人的に好きなもので、これまで何回か訪ねてきたが。。。こんな光景は初めてであった。アジア特有の公共交通手段はもとより、同じヨーロッパ圏で生産されるイタリアの田舎町ではお馴染みの、ピアッジオ社のApeさえ、三輪車と呼ばれる“足”はこれまで、この街では見たこともなかったのに。。。

いわゆる三輪車は見た目通りのバンコクのあのトゥクトゥクで、アムステルダムに工場が出来て以来、ここ3〜4年でアムステルダムはもとよりパリ、リスボンなどヨーロッパの街々に観光用乗り物として広がっているのだそうな。


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リスボンではフィゲイラ広場のほか、ロシオ駅北の新市街への入り口、レスタウラドーレス広場でも十数台が行列。人待ち顔で並んでいた。そしてこちらでは、以前、ローマで目にしたピアッジオ社のアペ・カレッシーノさえ並んでいた。

この三輪観光タクシーの“大増殖”。
リスボン旧市街に住む住民たちの中には排斥派、導入反対を叫ぶ人々も結構多く、巷では、既存タクシーの運転手たちや交通指導にあたる警察官との間で、トゥクトゥク車運転手たちとの暴力沙汰事件さえ勃発しているのだそうな。


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反対の理由は、260年前の大地震で被害を免れたアルファマ地区やバイロ・アルト地区の細く入り組んだ路地を爆音とともにこの車が早朝や夜に観光客を乗せて駆け抜けていって、その爆音がうるさい、というのが筆頭。排気量360ccや550ccの2ストロークエンジンで何人もの人を運ぶのだからエンジンの爆音や振動音、雑音は大きいハズで、市民の気持ちは大いに理解できる。


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というワケで。

最近、さまざまに規制策が決まったのだとか。
たとえば、アルファマ地区やバイロ・アルト地区への乗り入れ禁止、2017年までに全社電動タイプに切り替えること、エンジン車は以降、許認可取り消す、などなど。

立ち寄ったあるお店で小一時間ほどトゥクトゥク談義を聞かされた。三輪車についても、根が好きなもので、ハナシはとても面白かった。帰国後、ネットで調べてみたら、新聞記事にさえ何度もなっていた、おもしろ“大事件”なのだった。

たとえばロンドンの二階建てバスとか、ヴェネツィアのゴンドラとか、その都市固有の乗り物が都市のイメージとして結びついていくのに。。。こんな風にしてトゥクトゥクがリスボンに簡単に根付いていくのはリスボン市民も嫌であろうし、ましてや、バンコクも街のイメージを盗まれたようで、なおさら、残念なのではなかろうか。

便利だと言って歓迎する観光客も、地元観光業界も、もう少し熟慮した方がいいのかもしれない。


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旧市街、バイジャ地区ではクリスマスの飾り付けが始まっていた。以下、バイジャ地区の石畳道路など、旧市街中心部。焼き栗売りが道路のあちらこちらで店開きし、リスボンならではの焼き菓子、パステル・デ・ナッタが旨い季節に入ったことを、店頭で教えてくれるのだった。

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後先になったが。。。

4年半ぶりのクルーズ船によるテージョ川遡上、停泊の光景を、以下、少しだけ「覚え書」。
サンタ・アポローニア埠頭は、未だ、工事中だった。

船から見下ろすと。
掘り返した土が高々と積み上げられて、その土の量が増えたことぐらいだけを違いとして、4年半前とほぼ同じ光景が広がっていた。


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テージョ川をさかのぼる途中、左手、右岸にはまずベレン地区。
リスボン観光の目玉であるベレンの塔からジェロニモス修道院、発見のモニュメントと見どころが続き、やがて4月25日橋、旧市街バイジャ地区への入り口であるコメルシオ広場と見どころは続き、港へ。

リスボン港。

2011年初夏のHALの船での入港時でも書いたが。。。

これまで出入りした世界のクルーズ船ポートの中では、ヴェネツィアほどではないが、港の魅力度としては間違いなく上位に食い込む、良い眺めの入港風景だとあらためて思った。


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「発見のモニュメント」の人物たちのうち、日本の教科書にも出てくる日本人になじみの英雄たちは、東面に並ぶ。ヴァスコ・ダ・ガマは↑ 写真の左から3人目だ。その右、一人間を置いてマゼラン。喜望峰を巡るインド航路を発見したバルトロメウ・ディアスや宣教師ザビエルはこの隊列の後方に並ぶ。

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↑ ↓ 四月二十五日橋。

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コメルシオ広場。

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