潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS キュナード船創始者誕生の朝。ランサローテ島入港。

<<   作成日時 : 2016/08/02 16:14   >>

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奥信濃から上越にかけてのエリアで、7月下旬、一族の何人かと一緒に遊んできた。


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高原や湖を抱えた緑濃いその街々のうち、これまで一度も訪ねたことがなかったのは、昔の高田藩の城下町、旧田市。

車を連ねて走った高速道、パーキングエリアで、鮮やかな色彩の大輪の花が写った「蓮まつり」のポスターが目に飛び込んできて、「観てみたい」と衆議一決?したからだ。


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この蓮。
幕末、戊辰戦争などで逼迫した藩財政の立て直しと、その後の廃藩となった旧田藩士族の殖産策の一環として蓮根栽培が外堀を利用して行われた、その歴史の名残だそうだ。


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中学時代に故郷の歴史で学んだが、富山、大聖寺の支藩を含めた加賀藩でもご維新のあのころは事情は同じで、士族18,000余人のうち、家禄廃止処分と、その後の家禄に見合って交付された金禄公債の利子を日収に換算すると当時の土方人足の日収平均25銭の三分の一から良くても6割程度、食べて行くことなどとてもできず、金債を金に換えてほとんどの士族は没落していったそうだ。

加賀藩でも北海道開拓や公債を資本とした結社で事業に乗り出した士族もいたが、ほとんどは成功しなかったから、田藩の取り組みはまだ、先見の明があったのかもしれない。


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で、蓮根栽培・販売は今でこそ行われていないが、昭和中期までしっかり続けられてきたというから、成功の範疇にはいるのかもしれない。ともあれ、蓮栽培について地元では、その規模は「東洋一」と自慢している、そうな。

というわけで、偶然の思いつきでそれを観に行ったのだけれども。。。

蓮の花の命は短く、寿命はわずか四日、しかもその開花の美しさを披露するのは毎日早朝からホンの数時間、日を追うごとに開花時間は長くなるものの、命燃え尽きる花の最終日のそれでもせいぜい昼過ぎで花びらを散らしていくのだとか。

つまり、開花時間はほぼ午前中で終わりだなんてまったく知らなかったもので、訪ねたのは、花はもう開花盛期を過ぎて四日目の花も命燃え尽きて行く時間帯であったのだ。


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入ったのはちょうど昼飯時。

何枚も写真を撮っていたら、よほどの写真好きとみられたのだろう。
通り過ぎる街の人から「せっかくなら、もっと早く、朝の8時から9時ごろに再度いらっしゃい。花の数は断然違い、今の時間帯とは比ぶべきもないほど、それはそうれは豪華ですよ」とご親切なご指導を。

しかし、まぁ、このためだけにこの街で一泊する日程の余裕も金銭的なゆとりもなかったもので。
お礼だけ申し上げて、せっかくのご親切を無にして帰ってきた。


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画像蓮まつり見学の後、旧市街をぶらぶら歩いてみた。

この街も、言っちゃぁ悪いが産業化、近代化に取り残された「一周遅れ」の街並の観強く、そちらこちらに明治から大正、昭和初期の、いわば日本の“懐かしき古き良き時代”のたたずまいが残っていて、「町家三昧」と言う名の活動が街の有志たちの手で続けられていた。


開館105年目だという、日本で一番古い現役の映画館を自称する明治生まれの劇場などが残っていて、楽しませてもらった。



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この旧田藩の街。

若かりしころ、わが学生時代。
東京とわがふる里を結ぶ旧国鉄の列車が走る2本のルートのうち、信越本線経由の夜行列車「黒部」のルート沿いにある街であった。

同じ沿線上の、たとえば真田藩版、上田城や、「小諸なる古城のほとり。。。」詩情あふれる千曲川沿い、小諸の街などには各駅停車列車で学生らしくお安くのんびりと乗り込んで行って、よく途中下車したように、帰省時などに簡単に立ち寄れる街であったのだが、こちら田城址はなんとなく、悲しい悲劇の街のような感覚があって、結局この歳まで一度も訪ねたことはなかった。


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なぜ、悲劇の街、と思うようになったのか。

山岡荘八の歴史小説の影響である。とくに、全26巻「徳川家康」での、家康との確執の中、改易、配流されていった家康の六男、松平忠輝のくだりの印象が濃い。

田藩初代藩主忠輝が、妻五郎八姫の父で舅にあたる伊達政宗による縄張りと監督で築城した越後高田城。その高田城を築いてわずか二年後、忠輝は流罪人となっていく。。。

家康の三男で第二代征夷大将軍となる秀忠から、力のある政宗の後ろ盾により天下を狙う危険人物として疎まれていく、あの物語である。


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とうわけで。
高田城には、なんとなく暗雲漂う不吉な印象があって、これまで訪ねたことはなかったのだ。

当たり前だが、実際は大違い。明るく緑濃く、おびただしい桜の木々の下は涼風が休むことなく吹き抜けていて、リゾートの林の中にいるような快適なエリアであった。

で。
昼に見ると、その城址もどうってことはない、どころかとても魅力的であったのだが。
これだけ蓮の葉に囲まれた季節を夜、月の光の中で眺める自分を想像してみると。。。
やっぱり、なんとなく妖気を感じて、そこそこ、怖くなってくるから、妙なモノである。



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2015年11月21日土曜日、午前7時50分、船から見た朝日。わがキャビンは北から南に下がってきた船の右舷。なのにどうして朝日が見えたのか不思議でならなかった。

画像午前8時に開いたブリタニア・レストランでの朝食後、デッキ1、グランドロビーまで降りてパーサーズ・オフィスでtrack chart、航跡図を見せてもらったら、ランサローテ島アレシフェの港は南に向かって開いているため、一度南に下がってしかる後に反転北上しているためであった。納得。


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このデッキまで降りてもう一つ、発見した。
この日は、キュナード・ラインの生みの親、サミュエル・キュナード爵の228回目の誕生日で、ロビー中央に巨大なバースデーケーキが据えられていた。



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さて。

以下は、昨年晩秋、9か月前に行ってきたクルーズ旅の続きである。
どちららへ行ったのか?

大西洋、アフリカ西海岸のはるか沖合に浮かぶ、スペイン領カナリア諸島とポルトガル領マデイラ島を巡った旅である。そして、今回はそのクルーズ旅の、寄港地リスボンを離れて翌終日航海日の旅日記に続く、さらにその翌日、つまり2015年11月21日のハナシである。

この日の、クルーズ船、『クイーン・ヴィクトリア』の日程は。。。
船内新聞「DAILY PROGRAMME」を引っ張り出して眺め直してみると。午前10時、カナリア諸島最東端のランサローテ島アレシフェに入港。天気は曇り、気温は最高24度、最低19度、日の出7時28分、日の入り6時07分となっていた。


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この船での朝のおいしいコーヒー1杯は、デッキ2の「カフェ・カリンシア」で、が日課になった。
朝食でコーヒーが無料で供されるためか? 早朝から正午までしかオープンしていないモーニング・コーヒータイムの時間帯のこちらは、ほぼ毎日、驚くほど人の数は少なく、静かで落ち着いたコーヒータイムのひと時を楽しめた。

肝心の、この日に自分が頼んだエスプレッソも、連れ合い、相棒が注文したカプチーノも、別の日のキャラメルマキアートも、バリスタの腕もマシンもなかなかで本場イタリア並みに美味かった。



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で。
PCに取りこんだ写真のカズカズを見てみると。相変わらずの宵っ張りの朝寝坊派で、この朝最初の写真=↑上、この項トップ写真=に残るexif情報を見ると、キャビンからバルコニーに出てこの日一番に撮った朝日の写真は日の出25分後。日は既に水平線を脱して昇り、帯状の雲間に隠れて、オーラというか、後光が雲の背後からキラキラと射して、感動的に美しい朝であった。


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船の最上階まで登ったら、前方にランサローテの島影が見え始めた。船内新聞に折り込まれた地図と簡単なガイドのとおり、森や林などはほぼ皆無で、月の表面のような景観の山の連なりが見えた。


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そして、予定よりも20分ほど早くクイーン・ヴィクトリアはアレシフェの港に接舷した。
入港が早かったためかツアーバスはまだ4台しか来ていなかったが、タクシーは行列を作って100台近くも並んでいて、ちょっと驚いた。


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コメント(5件)

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こんばんは、hiroshiさん。

ちょっとバタバタしておりまして、ゆっくり伺う事が出来ませんでした。
待ってました。
QVの日記!

実際には時間が経っているのに、
私まで、昨日の事のように蘇ってきます。

コーヒーの情報をありがとうございます。
hiroshiさんのおっしゃられるように、朝食にコーヒーを頂けるので、
改めて頂いた事が有りませんでした。
hiroshiさんのお墨付き。
メモしておきます。

すごい数のタクシーですね。
個人で観光する方が多くてらっしゃったんですね。
圧巻です。


京都洛北の針葉樹のお写真、美しいです。
しばし眺めていました。

創始者のバースデーをお祝いするケーキ。
粋な事をされるんですね。

hiroshiさん、奥様、暑い日が続きます。
暑さに気をつけられてお過ごしくださいね!
murmur1
2016/08/02 22:04
murmur1さん、
プチ、ご無沙汰しております。

夏休みに入って今年もまた、民宿の下足番のおじいさんと飯炊きおばあさん状態が続き、泣いております。
おかげで、先生のブログの「このブログに投票する」のボタンを押せなくて、これもまたとても残念に思っております。

PC、よくなりましたか?
携帯で記事を拝見しました。早く良くなると良いですね。

Q.Vは、レストランのコーヒーもまずます、美味しいではないですか。だから、食後にカリンシアをのぞかなくてもいいのかもしれませんね。ホントは。自分たちは、ちょっとゆったりとしたくて、あの一角を利用するのが好きであっただけなのかもしれません。もちろん、コーヒーは美味かったですけれども。

>すごい数のタクシーですね。
> 個人で観光する方が多くてらっしゃったんですね。

この日は自分たちはバスでしたが、おっしゃるとおり、クイーン・ヴィクトリアでは個人でタクシーを利用して自分たちだけで行動するご夫婦が非常に多かったですね。

クルーズでは、この港以外でもそういう状況がこの後続き、なるほど、他の船の乗客の皆さんとの行動は大きく違うのだな、さすが、お金持ちの国のお金持ちの人たちの船だな、と妙なところで気づいて感心しました。
hiroshi
2016/08/03 14:10
〜上から続く〜

>創始者のバスデー

そうですよね。キュナードさんも、天国で喜んでらっしゃるでしょうね。

ありがとうございます。暑い日に負けないように頑張ります。
おかげさまで、ちょっと元気が出てきました。

いつかお話しましたが。。。
夏休みを「改革」するためには、少しづつこちらの気持ちを身内に理解させていくよりも、いっそのこと、この期間にど〜んと長い旅行に出て、家は留守にする荒療治の方がいいのかもしれません。そのうち、ホントに実行するつもりです。

そういえば、今年の夏休みはお盆と週末が重なって、あまり長いお休みは取りにくいのではないですか? とくに暦通りにお休みになる先生のような方たちには。

ということは、今年はヨーロッパではなく、あちらなのかもしれないな? と、勝手に想像しております。ちょっと早いですが、楽しい夏休みになりますように。
hiroshi
2016/08/03 14:11
こんばんは、hiroshiさん。
飛行機からこんばんはです。

今ごろ毎年恒例、当主自らのおもてなしの最中ですね。
お疲れ様です。

奥様もお疲れがでてらっしゃいませんか?
そちらも暑い日が続いてますね。
我が家では、大門素麺を日曜日のお昼に頂いては、なんとかチュニジアの夏みたいな日をやり過ごしています。

ではでは、またコメントさせて頂きます!
murmur1
2016/08/13 17:58
これは、これは

先生、はるか離れた、ロシア上空を飛ぶJL機上から昨日、コメントを頂戴していたのですね。たった今気づいて、驚いています。

このお返事を書く前、本日夕刻、そちら時間ではもう、ナポリで前泊された朝方くらいであったでしょうか。ようやく夏のにわか民宿?状態を脱して、夫婦二人っきりの平常状態に戻りました。今週末から第二のピークを迎えますが、とりあえず、超多忙なヤマは一つ乗り越えたところです。おかげさまで。

しかし、まさか、今年もアマルフィ海岸へいらっしゃるご予定でらっしゃったとは思いもしていませんでした。普段から「暦通りの休日日程」とお話になってらっしゃいますから、ついつい、暦通りにこの夏休みは旧盆を挟んだ短期間で、今度はハワイか?と勝手に推測しちゃいまして。。。完全に外れ、でした。

フランクフルト経由でいらっしゃるというのは、ちょっと珍しいですね。向こうでの乗り継ぎ具合を承知していないまま勝手に想像するのですが、ナポリへあちらでお乗り継ぎになると、トランジットタイムは4時間を超えるのではないですか? 

夕刻に先生のブログを拝見して、なるほど、やっぱり午後9時近くまでお待ちになったのだ、とするとナポリのホテルに入って午後11時くらいだったのでしょうね。

拍手欄でも書かせていただきましたが、次回以降の旅のご様子、拝見できるのを楽しみにしています。
hiroshi
2016/08/14 22:44

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