潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS テネリフェ島で。雲海越えカナリア諸島一の高山へ。

<<   作成日時 : 2016/12/11 21:40   >>

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毎年You Tubeからお借りして載せているお馴染みのデパートのクリスマス動画だ。
今年は、唖然としている。
そはなにか?

画像再生数。ことしはもう、2200万回を越えた。

“本番”まで、残すところ2週間。この時期、人気のこの百貨店のこの動画。ひょっとすると今季は、3000万回を超えるのか?






            

            


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スタート以来かれこれ半世紀ほどになる毎年一回だけしか開かない、年の瀬の仲間うちだけの恒例行事参加の機会を利用して、大混雑の美術展を覗いてきた。

本来ならば「観てきた」と書きたいところだが。。。
「覗いてきた」と書くことさえはばかれるほどに、ゴーギャンの作品もファン・ゴッホの絵も眺めることは出来なかった。
会場内の展示壁前には二重、三重の人の垣根が長く伸びて取り巻いていて、その混雑ぶりに嫌気がさして、残念ながら、そのほとんどの作品前をただただ通り過ぎるだけで会場を離れたのだった。


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ゴーギャンはともかく、ゴッホは、自分にとっては小学校の授業「図画工作」以来の長い付き合い(?)である。

ま、日本では太平洋戦争終結以来、戦後初等教育に一貫して、ゴッホの「ひまわり」に加え、ダ・ヴィンチの「モナリザ」とミレーの「落穂拾い」とピカソの「ゲルニカ」は欠けたことがないそうだ。

ダ・ヴィンチとミレーとピカソについては、その理由は推測するべくもないが、ゴッホはひょっとすると、日本に憧れ続けていた、その思いへの、日本人の無意識下の恩返しなのかもしれない。

弟のテオ宛の手紙で〜

画像「僕は今日は15号を一枚持ち帰った。小さな馬車が通っている跳ね橋の絵で、青い空にそのプロフィールを映している」。

「空と同じように青い川と緑の草が生えているオレンジ色の土手。白キャラコとポンネをかぶった洗濯女の一群」。

「僕は日本にいるような気持ちがしているのだ」。

「ここで僕は新しいものを見て、学んでいる」。
=アルル時代、アングロワ橋=「アルルのはね橋」の作品を描いた1888年3月16日=


画像ほかにもアルル時代の手紙で。

「自然をもっと明るい空の下で眺めれば日本人が感じたりデッサンしたりするのと同じように、ずっと正確な理念をもちうるのではないかと信じた」などなど、ゴッホが残した書簡集では、20通以上もの手紙で、日本への深い愛情を感じさせる文章を残している。

だからゴッホはほぼ、日本人すべてに共通で、愛されて、日本の初等教育の中でも長い付き合いを重ねてきたのだと思う。


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ハナシが長くなった。
ことのついでに。
あれは。。。


社会人となって3年目の曲がり角を無事に過ぎ、ようやく仕事の面白さやその意義、反面、その難しさや宿弊、悪いしきたりなどを理解し始めた年の夏ごろであっただろうか。部外者の出入りを厳しく制御している職場なのに、上司や先輩たちを上得意として木戸御免状態で出入りしているある大手書店の担当者が、まだ若造のこちらのデスク周りへ、近く隔月発刊でシリーズ刊行される美術全集の売り込みにやってきた。

当時の発刊定価は、シリーズ1冊単位で4,000円、予定発刊すべて合計して72,000円。
ま、今ならばたいした金額でもないのだが。
当時の物価は現在の5分の1から6分の1。確か、ラーメン一杯70円、新聞購読料1カ月600円の時代で、その1冊当たりの値段はこちらの給与の十分の一、1割を軽く超していた。


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かなり迷ったのだが。。。

もともと絵は好きであったうえ、戦後美術教育の影響もあってゴッホに焦がれてもいたのと、値踏みするように木戸御免で出入りしている書店担当者と職場の若造の、つまりこちらとのやりとりの成り行きを興味津々で眺めている上司の目線も気になって、後先考えずに申込書にサインしてしまった。

画像以来。
その全集、「現代世界美術全集」(集英社、後にサイズ四分の一ほどのヴァンタン版(普及版)が出ているが、収録されている絵の迫力は段違いだ)の配本第一回は昭和44年9月、ルノワール。
続いて第二回は11月にセザンヌ。

たかだか、4万円程度の給与の若造にとって、たとえ2カ月に1回とはいえ、4,000円の出費はやっぱり、ちょっと堪えた。食費や遊び代、飲み代などを削って、翌年1月に待望の第三回配本がゴッホ。こりゃぁ、ちょっとやばいかなぁ〜と、財布を気にしながらの日々が続くようになり、やがて3月の第4回配本がモネ。

「あ、こりゃぁ、ダメだな、破産だぁ」などと思い始めたころ。
人事異動の内示。日本国内の移動ではあったが、少し遠方であったため、「これはラッキー!」と。救われた思いで、異動を口実に件の書店担当者にキャンセルを申し出ることが出来たのだった。


画像あれから既に半世紀近く。
いま振り返ると、引き続き、取り続けた方が良かったのに。惜しい思いが強い。

神保町界隈やネットオークションでは、現在では発刊当時の半値から三分の一程度であらためて入手することは出来る。が、しかし、この全集のほんの一部を抱えながら引っ越し先で過ごした以降の、各一冊とわが人生との触れ合いや、その触れ合いを重ねあわせた想い出などは、オークションなどでは絶対に手に入れることは出来ないのだから。。。今さら、買い求める気もしない。


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アムステルダム、ゴッホ美術館。こちらは撮影禁止だが、ニューヨーク、メトロポリタン美術館はフラッシュさえ点灯させなければ自由にカメラを向けることが出来る。日本では特別展での公開のためまず撮影は許可されないが、世界的には、撮影OKの美術館が増えているようだ。

最後のシリーズ4回目の配本のモネ。
なぜ、いま、手元にないのか?
これもまた、わが人生の思い出のひとコマなのだ。
。。。と、ちょっと大げさだが。。。学生時代から長い付き合いになるわが悪友に印象派大好き、なかでも「睡蓮」の世界に焦がれていたヤツがいて、当時、こちらと同じく貧しさと美術好きの狭間で苦闘していた彼に、所望されるまま、引っ越しの餞別のお返しにと差し上げた。

画像その彼。。。。
いつも、この、面白くもないブログに目通しし続けてくれて。。。ホントにありがとう。サンキュー。

戦争の残滓がまだあちら、こちらに残っていたあの時代は、お互い、貧しく旅にも行けず。。。
しかし、若さと夢だけは有り余るほど抱えていて、ホントに楽しかったなぁ〜。

画像以降。
いくらか財布と時間に余裕が出てきてからは、ゴッホが巡ったポリナージュやハーグ、パリやアルル、サン・レミ、オーベル・シュール・オワースなどはもとより、アムステルダムの美術館、さらにニューヨークやオッテルロー、ウィーンの美術館などなど、ゴッホゆかりの場所を旅で追いかけることが出来るようになったが。。。
その場所に着くたびに、いまでもなお、この全集のこととあの時代のキミと俺のことを思い出すのだ。。。




            

            


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テネリフェ島に近づいた早朝、バルコニーから見えた巨大な「天使の梯子」。以降、数多くの「天使の梯子」をこの日に見た。好天へと向かいつつある単なる物理的現象にすぎないのに、なんだか、テネリフェ島=天使の島、と告げられているように、不思議な思いをした。

以下、クルーズ旅の「覚え書」である。

2015年11月23日、月曜日。
船内新聞によれば、天気予報は「Pleasant with clouds and sun」。日本語の「晴れ時々曇り」などという表現よりも、英語のこの手の予報がなんとも好きだ。「心地よいゾヨ、曇と太陽が!」なんて、気持ちが浮き立ってくるではないか!


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そういう心弾む予報の下、客船「クイーン・ヴィクトリア」は、東京都よりちょっと小さいが、大阪府よりは大きい、面積2,034㎢とカナリア諸島最大の島、テネリフェ島のサンタクルズ・デ・テネリフェの港に午前8時少し前に到着した。


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港内に、カナリア諸島を本拠地とするスペインのフェリー会社、ナヴィエラ・アルマス(Naviera Armas)の新鋭貨客船「ヴォルカン・デル・テイデ( VOLCAN DEL TEIDE)、29,000トン」が停泊していた。このテイデ火山へ向かうのがこの日の予定で、なんとなく運命?を感じて小さな感動。


この日は忙しかった。
7コースに分かれたショア・エクスカーションのうち、我らが参加のそれの集合時間は午前8時15分。
眠い目をこすって朝食を取り、その後しばし入港風景を眺めて何枚か写真を撮り、間もなく下船時間となってバス車内の人となった。


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向かうのは、カナリア諸島では当然、スペイン全体でも最高峰の、世界自然遺産でありスペインの国立公園でもある火山、テイデ山(Mount Teide 3,718m)。
サンタクルズ・デ・テネリフェの港から距離およそ70キロ、日本でたとえれば東京駅から奥多摩のまだ先、甲斐の大菩薩峰くらいあたりへ向かおうというもので、集合時間が早いのもうなづけるのであった。


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港から出たところで、カナリア諸島では唯一、この街だけにしか走っていないトラムと出会った。

「テネリフェ・トラム」という名だそうである。
5両連結のマッチ箱のような電車は、車両ごとに違ったパステルカラーで塗られ、遠目にはクレヨンが走っているかのように見えた。バス車内がどよめいた。きっと、車内のほとんどが、同じように可愛く思ったに違いない。


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ということで。
今回は。。。

ゴッホのハナシが長引いたもので、テイデ山への途中。標高1,000mを越えて、垂れ込めた雲を突き切り、雲海の上へ出たところまでで、既定の写真枚数に達したもので、オシマイ。


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