潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS カナリア諸島のフィレンツェ?世界遺産ラ・ラグーナ。

<<   作成日時 : 2017/01/01 01:11   >>

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絵文字に梅がない。
ないので、↑桜を借りた。
が。初春一回目の「覚え書」は桜ならぬ、梅のハナシである。

歳の瀬も押し詰まって大晦日を直前にした先日から、わが家の庭の白梅のうちの一本が花開き始めた。


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いうところの狂い咲きであろう。
毎年の例から見て、元々早咲き種であるらしいが、それにしても、7〜8週間は早い。

繁茂期に虫にやられて落葉すると狂い咲きになる、というハナシを聞いたことがあるが、この木は今夏も害虫被害などはなく、なぜ季節外れの今ごろの開花なのか、不思議。


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わが地方。
今冬はまだ本格的な雪に見舞われておらず、比較的に暖かな日が続いている。
この暖かさの影響で、勘違いしたのだろうか? それとも、あるじを真似て、少し耄碌し始めたのか??

いずれにしろ。
「お正月を目の前に、なにか幸先がいい、新しい年の明るさを予感させて嬉しいワ」と、家人や来訪中の縁者らは花を眺めて笑顔を見せている。




                            

                       


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カナリア諸島テネリフェ島、1999年登録の世界遺産、サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ旧市街の一番の目抜き通り、サン・アーグスティン通り。

画像イスラムの建築文化を融合してスペイン、アンダルシア一帯に根付いていったムデハル様式と、カナリア諸島を中継地として中南米ラテン圏から伝わった文化を織り交ぜ、結果、その後中南米へもUターン影響を及ぼした、いわゆるカナリア様式の美しい街並みが、息を飲むほどに美しかった。


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以下、再び、客船『クイーン・ヴィクトリア』でテネリフェ島に寄港した折の「覚え書」である。


雲一つない、世界自然遺産のテイデ山から。
世界文化遺産のサン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナの街に下りた。この街、あまりにも世界に“聖クリストバル=キリストを背負った怪力の聖人”の名を持つ街が多いからか?「ラ・ラグーナ」と一般的に略して呼ぶそうである。

その「ラ・ラグーナ」に下りたら。

霧吹きで噴き出したような細かな粒の雨が、音もなく降り続いていた。

しかし、遠く、南の空に雲の間から青空も見え、さほど気分は滅入らず、明るい気持ちでウォーキング・ツアーの仲間の後を追えた。


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画像と。

かく、旧市街のウォーキングツアーは始まったのだが、あの街に感動した「あの時の思い」は、下手な写真と文章だけではあまりにも迫力不足なもので、ユネスコの世界遺産紹介用の、NHK制作による動画をYou Tubeからお借りした。

さすが、NHK。(パチパチパチ





ということで。
下手な文章は省いて、下手さは文章よりも目立ちにくい写真でごまかして、以下にまとめる。

蛇足だが。

はるか大西洋のアフリカ沖に浮かぶ小さな島なもので、クルーズ旅に出かける前まではほとんど知識がなかった。
なかったもので、基礎的なデータも合わせて書き留めることに。


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クリスマス・シーズン入りしてイルミネーションが張り巡らせてあった。夜にならないと灯は入らないのだと思っていたが、よく見たら、真昼間でも点灯していた。昼行燈のごとくで、あまり美しくなかった。


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画像そしてちょっと雑談。

下調べの途中で気づいたのだが。。。
「サン・クリストバル」とか、あるいはその英語としての発音、クリストファーとか、ラテン語系のクリストフォロの名を持つ都市や村、丘、城壁、城門は、物凄く多いようだ。ググると無尽蔵と言ってもいいほど次々に並ぶ。

やはり、コロンブスの影響なのだろうか。


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さて。歴史。

「サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ」は、15世紀末に誕生した街だそうな。

テイデ山の神話でもちょっと触れたが、テネリフェ島に住んでいた先住民グアンチェ族は大航海時代に入ってやってきたスペイン人に敗れ、この地に強制移住させられたのだそうな。

同時に、そのスペイン人たちも「新大陸」中南米とスペインを結ぶ中継地としてこの街を植民都市として入植。金髪碧眼のグアンチェ族との混血が進んで行ったのだそうな。


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画像その間に、大航海時代の新しい航海術、測量術を駆使してこの街はほぼ碁盤の目状にと整った近代風の街造りがほぼ5世紀も昔にスタートして華やかに進行し、住居は美しいパティオを持つムハデル様式の建物が次々に完成。結果、15世紀〜19世紀の建物群が現在もなお数多く残っているのだそうな。

地元のガイド紙によると「その街並の美しさは、訪れる欧州各国の避寒客たちから≪カナリア諸島のフィレンツェ≫と呼ばれている」のだそうな。

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ちなみに。
歩いた旧市街はホンの一部だけ。街中で何か所も見た地図の中から抜き出したエリア(上写真)のみだ。

この地図も、とても立派な良い地図であった。
ネットでも掲示されているので、参考までに載せておいた。
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