潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 港見える高台の教会。ハプスブルグ最後の皇帝眠る。

<<   作成日時 : 2017/02/25 15:46   >>

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マデイラ島。
フンシャル。


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バスが埠頭を離れて間もなく虹を見たが、5分もしないうちに再び、小雨がバスの窓ガラスに流れ始めた。そしてまたほどなく、再び雲間から青空がのぞき、二度目の虹が立ちあがった。
この日は結局、合計6度も虹を見た。晴れたり降ったり、めまぐるしく天気は変わる。今泣いていたかと思えば次の瞬間には明るく笑ったりと、空模様は神経、過敏過ぎる一日であった。


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クルーズ・ポートを離れた“遠足バス”は、11月25日午前10時過ぎ、マデイラ島の主峰、ピコ・アレイロ(1,818メートル)の山麓の街、モンテを目指して出発した。

向かうのは、まず、フンシャルの港から5キロほど離れたモンテ地区のトロピカル・モンテ・パーラセ庭園とモンテ聖母教会(Igreja do Monte)。


モンテ地区。
フンシャルの北の斜面に伸びる街だ。

うねうねと曲がりくねった道が右に、左にとカーブを描きながら徐々に高度を上げて行く。
標高300メートルを超えたあたりから、緑の樹林の中に点在する赤いテラコッタ葺きの屋根の上に、同じテラコッタ造りの、人間の女性の頭像を置く家が目立ち始めた。


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鬼瓦とかシーサーとか獅子像などを屋根に置くのは日本や中国、東南アジアなどでは珍しくないが、欧州では珍しいのではなかろうか。
ヨーロッパでは、家の外周りに頭像や胸像を置き並べるにしても、軒の下や壁面に並べるのが、イタリアやポルトガルなどでは一般的なのに。

屋根の上の顔。
どういう意味があるのだろうか?


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やがて、植物園を兼ねた庭園に到着。

船乗りたちが、南北アメリカ大陸やアフリカ、アジアから持ち込んだ植物2000種が広い庭を飾る。。。と言われているそうな。
エンジェル・トランペットや西洋朝顔、ヘブンリーブルーをはじめ、名前も知らない木々や花も咲き競っていた。なかには、日本の椿の花さえ何種類か。厳冬のない「常春」のマデイラでも椿は花開くのかと、ちょっと驚いた。


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庭園の、玉石を埋め込んだ勾配の緩い石畳を150段ほども登っただろうか。
白い外壁の、小さな教会の前に出た。モンテ聖母教会だ。


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堂内へ入る。


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左手、壁の一角に、その棺はあった。
ハプスブルグ家最後の皇帝、カール一世(1881年〜1922年)の棺だ。


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信仰心の篤さなどで2003年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世によって20世紀の国家元首としては初めて福者に認定され、聖者への道を着々と歩んでいる遺骸である。

生まれた当時は皇位継承権は低く、オーストリア・ハンガリー二重帝国の皇帝の座に就くなど考えている人はほとんどいなかったのに。
有名なマイヤーリンク事件で、“シシィ”ことエリーザベトと皇帝フランツ・ヨーゼフの間に生まれた皇太子ルドルフが死亡。その後も、第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件で伯父夫妻が暗殺されるなど、次々に皇位継承者が亡くなり、本人の意思はどうであったのかはともかく、その後、第一位皇位継承権者から最後の皇帝へと上り詰めていった人物である。


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ある意味幸運な。。。

手前勝手の憶測だが、こちら同様、家族を愛するだけの極めて凡人であった、に違いない。。。
この人の手腕とか能力とかから類推すれば、戦乱の時代に翻弄された、人を押しのけ、足を引っ張り、ひきづり落とす行為も時には決行できるほどの才覚を持つ“偉人”には決してなれない。。。

優しい性格の、不幸で可哀想な人物。。。の亡骸であった。

歴史的人物を輩出し続けたこの家の家系図の中では目立たぬ、宗教心に篤く、かしづく使用人らにもやさしく、平和を愛する、物静かな人物であったことは間違いないらしい。
だからこそ、カトリックの総本山、ヴァチカンの覚えも良かったのだと思う。


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さすが、ポルトガルの教会である。堂内のアズレージョがきれいであった。

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画像ハプスブルグの王都、ウィーン。
国立オペラ座、正面に向かって左側の道、オペルングラッセ→テケトフ通りと北へ5分ほど歩くと、また一つ、有名な場所に出る。

カプツイーナ教会、カイザーグルフト(Kaisergruft)、納骨堂である。

画像地下に設けられた壮大な納骨堂には、ハプスブルグ家650年の間の、歴代皇族およそ140人の遺体や心臓の入った壺が納められている。

その納骨堂で。
ハンガリー・ボヘミア女王も兼ねた皇后マリア・テレジア、その近くに夫の皇帝フランツ一世が寄り添って。

さらには、“シシィ”の愛称で知られる、レマン湖畔で暗殺された皇妃エリーザベトと並んでその夫、フランツ・ヨーゼフ一世の豪奢な棺が並ぶ。

画像それら、歴史上の“傑物”たちの棺に混じって。

マリア・テレジアの棺を過ぎ、右に曲がると、目だたぬ位置で、日本が昭和から平成に切り替わったころに、国外追放になったまま96歳でスイスで亡くなった女性の棺がある。

この棺が、イタリア、ルッカ生まれのハプスブルグ帝国最後の皇帝夫人、皇后ツィタ・フォン・ブルボン=パルマの棺だ。

彼女こそ、最後の皇帝カール一世の妻であった。
しかし、横にカール一世の棺はない。小さな胸像があるだけだ。。。


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モンテ聖母教会の主祭壇は、聖母被昇天の絵であった。


第一次世界大戦から第二次世界大戦へと激しく揺れ動いていった激動の時代。

植民地争奪戦も終盤に突入した当時の超大国、英国ほか、勃興してきた米、独、仏などの“共和国大国”の力に、戦争による土地の奪い合いよりも、愛の絆、結婚政策で領土を拡大していったハプスブルグ流、中世からの平和志向の国の運営の仕方は、もはや時代遅れで、弱肉強食をルールとした植民主義勢力のぶつかり合うこの時代になすすべなく、家訓の政略、婚略、謀略作戦も通じず、翻弄されつつ、難を避けて一家ぐるみで避難し、やがて壊滅していったハプスブルグ帝国、最後の皇帝カール一世の遺体は、この納骨堂からはるか4,000キロほども離れた、大西洋の真ん中。。。

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モンテ聖母教会前の小さな広場に、カール一世像が置かれていた。緑青を葺き、風雨にうたれて、像の一部は苔むしていた。太陽に照らされている間は威風堂々として見えたが、日が陰ると、まるで泣いているようにわびしく見えた。

こちら、マデイラ島。
フンシャルの山麓、モンテ地区の小さな教会の中で、あれからもうすぐ一世紀、100年を迎えるのに、未だ帰還かなわず置かれてあったのだ。

死して後。既に95年。。。
はるか大西洋上の小さな島で絶えた命は、今もってウィーンへの帰還を許されていないのだ。


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命、絶えれば、只のモノに過ぎない。
モノなれば、寂しさも悲しさも感じるべくもないのだろうが。。。

自分は、たとえ、命果てて身は煙となってただ漂うだけの心もとない存在になったとしても、生まれたふるさと、日本の故郷に居たい。そして、願わくば、同じく躯にその姿は変わっていようとも、あるいは骨に姿を変えていようとも、身内の近くに彷徨っていたい。


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カール一世像の前から、港に出入りする船が一望であった。QVが見えている。
帰心、つのってくる場所ではなかったろうか。



オーストリア・ハンガリー二重帝国の最後の支配者、オーストリア・ハプスブルグ家最後の皇帝、ハンガリーの最後の王、そしてハプスブルク・ロレーヌ家の最後の君主は、1918年末、罠にはまった形で退位を迫られて署名。

シェーンブルン宮殿を後にして、プラチスラバに近い狩猟用館に一家で移動。翌年春、オーストリア皇帝一家虐殺の情報を握った英国の助けでスイスへ脱出。なおハンガリー国王の座を守ろうとしてハンガリー入りしたが失敗し、1921年11月、英国軍艦でマデイラ島へ到着した。財産は底をついて食糧にも不足する中、肺炎をこじらせてわずか34歳で他界。。。


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以降。
マデイラの人々の同情を受け、愛されてはきたが。。。亡骸はきっと、あのウィーンへ帰りたがっているのではなかろうか。。。

質素な佇まいのモンテの教会内の棺を見つめながら。

棺の中の彼や、彼の大叔父フランツ・ヨーゼフ帝ほどの神話的偉人とは縁もゆかりもない、東洋の片隅の国の市井の凡人に過ぎぬ我が身ながら。
帰心叶わぬ歴史の過酷さに、同情の念と哀悼の思いがふつふつとこみあげてくるばかりであった。






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