潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 「まさか!」程はなかった。マデイラ島名所の“下り坂”。

<<   作成日時 : 2017/03/03 19:31   >>

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クルーズ旅日記の続きである。


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大西洋、ポルトガル領のマデイラ島、フンシャル。
前回から市街地北方の街、モンテにいる。
Monteの名のとおり、丘の上の閑静な住宅街といくつかの庭園、公園と、亜熱帯の緑が広がる地区だ。


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1世紀ほど前から、モンテ聖母教会を中心に、避暑を目的とした別荘地として開けていった街だそうな。

で。
その教会を出ると。

この“遠足”で一番の“目玉”である、期待のエクスカーションのスタート地点へと急いだ。

教会から、そのスタート地点までは、下り坂を歩いて5分余り。


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さすが、人気の催しである。
地区の庭園や教会よりもさらに300メートルほど高度を上げた尾根の一つの頂点付近に建つ、かつてこちらの島を走っていた汽車の終着駅、駅前の聖母子像を見物していたクルーズ仲間一行や別の観光客らが、ガイドに引率されて次々に集まってくる。中には、日本人のグループもあった。


その、気持ち“わくわく”のエクスカーション。

正式には「カヘルズ・ド・モンティ(Carreiros do Monte )」と言うらしい。
ポルトガル語を意訳すれば、『モンテの丘駆ける絶景ルート』、くらいの意になるのであろうか? 組合があって、現在、その操縦士? 運転手??ら関係者は、ゆうに100人を超えるのだそうな。
そのくらい、この坂道下りは、モンテの丘の観光名所になっている、らしい。

その乗り物。

英語で言うトボガン(Toboggan)、日本語で言う橇なのだ。

スタート地点は、教会直下の道幅4メートルほどの、目の粗いアスファルトの坂道がフンシャルの旧市街へ向かって勾配を深める、U字型に道筋がカーブを描く場所であった。


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揃いの綿シャツとパンツ、胸にグループのシンボル・マークと識別番号入り、雨除けの紺のウィンドブレーカー、ストローハットを被るドライバーの一人に、この位置の海抜高度を訊ねたら、すかさず、「560メートル!」。

「で、ゴール地点のそれは?」

答え。「290メートル!!」。

こちらのように、アホな質問を投げかける観光客が多いのだろう。
待ってました、といわんばかりに、間、髪をいれず答が返ってきた。

そして、さらに続けて。

「走り降りる距離は、およそ2キロメートル!」と。
「平均勾配は14%、斜度で8度。しかし、途中急斜面があって、そちらでは最高速度48キロ/時に達するよ!」と。

こちらがまだ聞きたがるにちがいないと彼が思ったその回答を、先取りして次々に教えてくれた。



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やがて。

我々夫婦の乗車? 乗船?? 乗機???順番が巡ってきて。
籐の編み上げボックス型、二人乗りのそのトボガンに乗り込み、まずは、二人の曳く綱で引っ張られてスタート。

いい歳をしたじじばばカップルが、こともろうに心臓病かひきつけを起こしそうな、アミューズメントパークのコースターに乗り込んだ図、のごとくで。

妙に周囲の視線が恥ずかしく、あまり気分は良くはなかったが。。。
間もなく、かなりの急勾配の、長めの直線の下り坂に出くわして、その恥ずかしさはどこかに雲散霧消。
トボガンの名にふさわしい、右に左に揺れながらごつごつと微振動する、荒っぽい滑りを始めた。。。


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こういう場面は、やっぱり、画像ではなく動画の方が判り易い。

。。。残念。
この日、ビデオ・カメラは持っていかなかったし、コンデジの動画機能も準備不足で使っている暇はなかった。
で。
You Tubeで、お借りした。
こんな具合であった。。。





ということで。
距離2キロ、落差270メートルの坂道を、わずか10分ほどで滑り終わった。


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昔。
NHKの大河ドラマの脚本で、かつての戦国時代の名将が語った格言として使われ、その言葉を今度は時の総理大臣が語って有名になった「人生には三っつの坂がある。上り坂、下り坂。そしてまさか?だ」のあの言葉を引用すれば。モンテの下り坂にまさか!?と愕然、茫然、「あっと驚くためごろう!」と驚愕するほどの場面はなく。すべて想定内であり、たいしたことはなく、楽しく滑り終えた。

シャッターボタンを押すのに忙しく。怖さもスリルも味わえなかったのは、横の相棒も同じであったそうな。
孫たちと一緒に乗った、あのテーマパークのそれの方がよほど怖かった。


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坂道は、ホントはあまり好きではない。

登るのがシンドイし、下りるのも、高所恐怖症ではないのだが、見下ろせばやはり、少し怖い。
「おじさん」の年齢に達したころからはほぼ行かなくなったが。。。
ゲレンデスキーでも、上級者クラスではたいしたことのない、斜度15度ほどの斜面も見下ろすと崖のようで、滑ってもあまり好きではなかった。


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画像昔。
2006年1月〜2月にかけて、オセアニア・クルーズで立ち寄ったニュージランド、ダニーデンの街で。
ギネスブックで世界一急な街路に認定されているボールドウィン・ストリート(Baldwin Street)に“遠足”で立ち寄った。

画像この街路。
最大勾配は35%で、傾斜角は19度。上りはともかく、下りではつま先から転がり落ちそうな感じで、あれは怖かった。

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あの坂道に比べれば、トボガンの走るモンテの街路は、怖さという点ではたいしたことはなかったと思う。



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モンテのこの橇。
長い歴史秘話があるのだ、そうな。

19世紀半ばまで。
モンテ聖母教会周辺には人家などなく、丘の稜線上にポツンと建つ教会は山の中の静かな祈りの場であった、のだそうだ。


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そのころ、つまり1850年。
礼拝を終えた信者たちのうち、一刻も早くフンシャルの街へ下山したい希望者を対象に、籐製の椅子に橇板を張ったトボガンの“前身”を使って金儲けをする若者がお目見えしたのだそうな。当然人気を集め、下山する移動手段としてたちまち、このシステムは地域に広がって行った、のだそうな。

トボガン誕生の逸話だ。


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以降、サトウキビやバナナの運搬の役割も担い、20世紀に入ってからは丘周辺が避暑用の別荘地帯として発展したため、別荘族の山下り用乗り物としても活躍。やがて、リゾート時代がこの島に到来して、さらに発展していったのだそうだ。

そろいの制服に身を包んだドライバーというか、操縦士というか。
乗ったトボガンの操縦士が、ゴールにたどり着いた後、誇らしげに胸を張って歴史を語ってくれた。

ゴール地点のカフェ&土産物店には、当時のモノクロ写真が何枚も掲げられていた。


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最後に。
同じく、こちらのゴール地点で聞いたのだが。
クルーズ船の停泊する港からは、このグループ主催の無料ツアーがあったのだ。つまり、トボガンの乗車代だけで、こちら全体を観光できたのだ。

『QV』の乗船客にも、当然、催行されていた、そうな。し、知、知らなかったぁ〜


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