潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 晩秋、11月上旬、月曜日のドブロヴニク旧市街。

<<   作成日時 : 2017/07/26 21:23   >>

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アニメ映画『紅の豚』公開時のアピール・コピーほどでは、ないけれども。
今はもう、老いさらばえたとはいえ。。。
振り返れば。
「戦争はイヤだけど、戦争ごっこは大好き。。。という仕事中毒」世代の一人であったと思う。


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写真↑は、 前回に朝食を摂ったと書いた場所を。
←の地図で聖ヴラホ教会Jの道路を挟んで向かい側、カフェ&レストラン「グラツカ・カヴァナ」(市庁舎、旧共和国評議会議場、写真右手)Kを出た直後。隣接の写真↓旧総督邸L前から北、ルジャ広場方向を撮る。

正面はスポンザ宮殿。前回、書き忘れたが、こちらで食事か休憩をとったら、カメラを忘れずに建物内部ものぞこう。トイレに行くのに内部へ入ったが、あれだけ内装が素晴らしいとは知らず、テラス席にカメラを忘れたままであった。残念。次回だ。



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そうそう。
少年期に、近所の餓鬼大将に率いられて、銃剣に見立てた木切れを右手に、東西両軍に分かれて陣地を奪い合うホントの戦争ごっこにも、恐れおののきながらも血をたぎらせたことも何度もある、太平洋戦争さ中に幼、少年期を過ごした世代、ほぼ共通項を抱えながらの人生を歩んで来た。

だから。
「大日本帝国海軍」などという言葉も、存外、違和感なく受け入れることは出来て、若かりし頃の仕事場では時折襲ってくる多忙な日々、つまり大日本帝国海軍の、軍歌にさえなった「月月火水木金金」の毎日も、さして苦にはならなかったものだ。


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↑ 旧市街東端に開く旧港。正面に見えるのが以前、城壁を一周した時にも載せた、城壁の聖イヴァン要塞を利用した現在の海洋博物館。
写真↓は、その旧港を南城壁下から眺めた光景。
さらに一枚下は、聖イヴァン要塞から眺めた、上で載せたレストランも入る、共和国時代の造船所・武器工場、アーセナル。


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ただ。
そうなると困るのは、曜日の感覚がなくなることであった。
ウィークデーも休日の区別もついつい、うっかりと忘却の彼方に押しやってしまって、授業が半ドン、休日となる子供たちや家族に寂しい思いをさせることがまま、あった。

で。。。
以来、洗面台の横にカレンダーを必携し、たとえ仕事で出かけるにしても帰路に土産を買い求めてプレゼントし、留守がちの悪行をフォローするなど、家族懐柔のために、曜日を確認する習慣にかなり固執してきたものだ。


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写真↑ 正面は、年中無休の水族館。こちらは一度、入ったことがあるが。。。規模の大きな水族館が母国に数多くある日本人から見ると、さほど興趣のわく場所ではなかった。
海洋博物館の入り口は2階、城壁上だ。
その登り口近くに、←タツノオトシゴを描いたガイドマークが石壁に。

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入り口近くに来たら。。。
アンカーが並ぶ一角に開館時間などの←案内表示。が、が〜〜ん。



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せっかくイヴァン要塞までやってきたのだから、と、要塞の直下の防波堤から波打ち際まで行ってみたのだけれども。。。
城壁直下のパブリックビーチが間近にある岩場周りも、沖合の、泳げるビーチを持つロクロム島を眺めるポイントも、さすがに11月ともなると波は荒く冷たく、早々に退散した。


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やがて。
子供たちが成長して父親の存在など必要としなくなり、同時にその母親も、毎日午前さまの亭主にすっかり関心は薄れ、子供が手を離れたのをもっけの幸いとして、亭主をほったらかしたまま友人らと世界のあちら、こちらへ旅に、たびたび(下手な駄洒落?)出かけるようになって。。。

当たり前だが、曜日確認の若いころからの朝の習慣は、次第に消滅していった。


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来た道を再び城壁内の旧市街へ戻って、今度はまた、旧市街二大観光スポットの大聖堂、地図番号でNへ。
ここでも、ぎょぇえ〜〜。
身廊最深部の、ヴェネツィア、「サンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会」の祭壇画がすごい、ルネッサンス・ヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノの手になる祭壇画「聖母被昇天」は、キャンバス地にスルリとコピーされただけのまがい物に。。。

と、まあ、残念にも修復工事中で、ホンモノとの対面は叶わなかった。



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そして。
さらに時は流れて。。。

リタイアして既に十ン、ン年。
今や、毎日が日曜日である。

ムスリムではもちろんないし、教会へ通う熱心なクリスチャンでもない。好きな週一のTVドラマもないし、曜日単位で習っている芸事ももっていない。
ゆえに。曜日違いの概念とか意識などは、もう、とっくの昔に消え失せているのだ。



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グンドゥリッチェ広場O。
中央に、ラグーザ共和国が17世紀に生んだ詩人、イヴァン・グンドゥリッチェの銅像が建つ。

この広場、青空市で知られるのだが。。。
冬間近で観光シーズンほぼ終了だから、だったのか? それとも、まだ時間が早かったせいか?? 広場の市は、観光土産露店などはほとんどなく、地元の住民たちを客層とした野菜果物類の店しか並んでいなかった。


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。。。
と。。。。

長々とイクスキューズしたり、弁解して、ようやく本題に入る。

今回、これまで、上から載せてきた写真。下にも載せる写真。
乗ったクルーズ・シップがドブロヴニクに寄港した昨年晩秋。
正確には、2016年11月7日。
この日が月曜日だということは、まったく頭になかった。


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グンドゥリッチェ広場に入ると。我ら夫婦、どちらへ行きたがっているか、わが悪友諸君はすぐに理解してくれたことと思う。
そうそう、おっしゃるとおり。「一度行けば充分」と思う人も確かに多い、ドブロヴニクの旧市街ではあるが。。。
高い処へ登りたがる我らアホバカ夫婦には、結構魅せられて好きな街、“アドリア海の真珠”の街の、古都ローマのスペイン階段のごとくにやっぱり登ってみたい階段道。。。
そうそう、聖イグナチオ教会地図番号(44)へ続く階段道を再び登ってきた。



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聖イグナチオ教会に続いて、今度は、せっかく登った城壁際の高台の石畳道、簡単に降りるのはもったいないと、次の目的地、マリン・ドルジッチの家、地図番号(45)へ、城壁に沿って。
目的地がみえてきたところで階段道を下り始めた。

画像マリン・ドルジッチ。上の聖イグナチオ教会と同じく、前回「覚え書」したとおり、鼻の頭や膝などが誤解されて観光客に障りまくられて光り輝いている像がルジャ広場近くに建つが。。。
そのエセ情報の発信者?と目される??彼の“本家”、記念館を訪ねた。

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そして。
目的地へ着いたら。。。
ぎょえぇ〜〜。
こちらも、月曜休館日であった。



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右手がマリン・ドルジッチの家。メインストリート、プラッツア通りまであと100メートルほどであった。

というワケで。
ドブロヴニク旧市街を訪ねた時。
今回訪れた、年中無休の教会を除く観光ポイント2カ所とも、「本日、定休日なり」と、固く門戸を閉じたまま。。。

その、屈辱?のルート区間で撮った写真を、地図を添えて今回のまとめとした次第。
これもまた、旅の思い出の一つである。


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